飲食店業や宿泊業(ホテル)は、ほかの産業と比べても退職金制度が充実していない会社が多いといわれています。それだけに退職や転職の際に確認をしようとする従業員の方は多いでしょう。
そこで本記事では、飲食店や宿泊施設に勤めている方向けに業界における退職金事情をまとめました。受給要件の確認方法や、受給時の注意点を解説しているほか、業界の退職金導入率や相場なども解説します。
本記事を一読すれば、退職後のライフプランが立てやすくなるほか、転職先の退職金制度を見極める知識も身に付くでしょう。
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目次
飲食店業・宿泊業の退職金あり/なしの割合
令和4年、東京都産業労働局が「中小企業における退職金制度の導入状況」についてアンケートを実施したところ、飲食店業および宿泊業の退職金導入率は34.7%でした。
中小企業における退職金制度の導入状況(参考資料より一部抜粋)
退職金あり | 退職金なし | |
産業全体 | 71.5% | 28.3% |
飲食店業・宿泊業 | 34.7% | 65.3% |
情報通信業 | 64.0% | 36.0% |
生活関連サービス業・娯楽業 | 60.6% | 39.4% |
医療・福祉 | 44.2% | 55.8% |
ほかに分類されないサービス業 | 73.8% | 26.2% |
産業全体の制度導入率が71.5%であることを踏まえると、飲食店業および宿泊業の導入率はかなり低いと考えられます。
参考のため、ほかの産業の制度導入率もいくつかピックアップましたが、飲食店業・宿泊業は低いです。医療福祉の導入率が次に低く44.2%ですが、ほかはおおむね60%前後といった結果でした。
非正規雇用の場合は退職金が支給されない可能性が高い
中小企業における従業員の構成割合(参考資料より一部抜粋)
正規雇用者(正社員) | 非正規雇用者 | |
産業全体 | 72.3% | 22.7% |
飲食店業・宿泊業 | 45.3% | 49.5% |
情報通信業 | 85.4% | 9.0% |
生活関連サービス業・娯楽業 | 67.4% | 26.4% |
医療・福祉 | 52.9% | 44.8% |
ほかに分類されないサービス業 | 61.4% | 31.7% |
令和3年に独立行政法人 労働政策研究・研修機構が実施した「パートタイムや有期雇用の労働者の活用状況等に関する調査」によると、非正規雇用者に対して退職金を支給している企業は14.8%でした。
飲食店業・宿泊業は非正規雇用者が多く、これもまた退職金制度の導入率が伸びづらい要因のひとつでしょう。実際、ほかの産業に関しても正規雇用者の割合と退職金導入率は比例する傾向にあります。
飲食店業・宿泊業の退職金の相場シミュレーション
ここでは、飲食店業および宿泊業の退職金相場を確認しましょう。
以下のシミュレーション結果は、東京都産業労働局の「中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)第8表 モデル退職金」に基づきまとめています。
高卒者・自己都合退職の場合
- 勤続年数10年×年齢28歳:48.7万円
- 勤続年数15年×年齢33歳:80.8万円
- 勤続年数20年×年齢38歳:122.1万円
- 勤続年数25年×年齢43歳:186.9万円
高卒者・会社都合退職の場合
- 勤続年数10年×年齢28歳:57.8万円
- 勤続年数15年×年齢33歳:105.2万円
- 勤続年数20年×年齢38歳:151.7万円
- 勤続年数25年×年齢43歳:239.9万円
産業全体における「高卒者・勤続年数25年」の退職金支給額モデルは、自己都合退職で407.3万円、会社都合退職で471.9万円です。
比較すると、飲食店業・宿泊業の退職金相場は低めだといえるでしょう。
なおモデル退職金とは、「普通の能力と成績での勤務を想定した際の退職金水準」を基に試算されています。
退職金を受給するための最低勤続年数
退職金の受給要件は、最低勤続年数を含めすべて会社が定めるため、詳細は自職場の就業規則を確認しましょう。一般的には、「勤続3年」を要件とする会社が多い傾向にあります。
自己都合退職時における退職金の受給要件(最低勤続年数)
1年未満 | 1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年以上 | |
産業全体 | 2.5% | 18.0% | 11.2% | 51.5% | 1.6% | 8.9% |
飲食店業・宿泊業 | – | 6.3% | 18.8% | 50.0% | – | 6.3% |
自己都合による退職に関しては、飲食店業・宿泊業も、勤続3年を受給要件とする会社が50.0%と半数を占めています。
会社都合退職時における退職金の受給要件(最低勤続年数)
1年未満 | 1年 | 2年 | 3年 | 4年 | 5年以上 | |
産業全体 | 9.3% | 24.7% | 9.1% | 32.4% | 1.3% | 6.0% |
飲食店業・宿泊業 | 6.3% | 18.8% | 12.5% | 31.3% | – | 6.3% |
会社都合による退職でも勤続3年を受給要件とする会社が一番多いですが、自己都合退職に比べると減少し、3年未満を要件とする会社の割合が増えています。
飲食店業・宿泊業における退職金制度の主な形態
ここでは、飲食店業・宿泊業における退職金制度について、特に多い形態を挙げそれぞれに中途退職時の受給要件や注意点などをご紹介します。
- 確定拠出年金(企業型DC)…原則60歳にならないと受給不可
- 確定給付企業年金(DB)…受給要件は導入制度によってさまざま
- 企業独自の年金・退職金制度…受給要件は会社によってさまざま
詳細は、以下で解説します。自職場の退職金制度に対する理解を深められるのはもちろん、転職先を探す際の指標にもなり得ます。
確定拠出年金(企業型DC)
加入者にとっての受給メリットと注意点
メリット | 給付金は税制優遇対象である |
注意点 |
|
確定拠出年金(企業型DC)は、年金とありますが老齢給付金としてだけでなく、退職一時金としても受給可能です。
どちらの形式で受け取ったとしても所得控除の対象となり、税制優遇を受けられるのはメリットでしょう。
ただし給付額はこれまでの運用結果によって変動するほか、受給要件として、原則60歳以上の年齢制限が設けられています。
60歳になる前に退職する場合には自ら移換手続きをし、また改めて掛金を積み立てていくことになります。
転職先が企業型確定拠出年金(企業型DC)を導入しているのであればそちらに移換、ない場合にはiDeCoに移換しなくてはいけないので注意しましょう。
確定給付企業年金(DB)
加入者にとっての受給メリットと注意点
メリット |
|
注意点 | 特段なし |
確定給付企業年金(DB)もまた、年金とありながらも老齢給付金としてだけでなく、退職時に退職一時金としても受給可能です。
受給要件は制度によってさまざまです。
なかには「年齢制限なし・加入1ヵ月以上・休職時も利用可能」といった極めて易しい要件設計の制度もあります。
給付額は税制優遇の対象です。受給時には、退職所得控除または公的年金等控除が適用されます。
企業独自の年金・退職金制度
加入者にとっての受給メリットと注意点
メリット | 受給要件や給付額を設計する際の自由度が高い |
注意点 | 積立額の損金算入ができない |
自社の内部保留や生命保険を用いて、年金・退職金制度を独自に設計する会社の場合、受給要件や給付額はその会社次第です。
自助努力で退職金制度をまかなえる会社の多くは安定した基盤を備えているため比較的、手厚い傾向にはあるでしょう。
ただし給付方法は、退職時の退職一時金のみです。
退職金の有無を確認するには?
自職場で退職金がもらえるかどうかを確認する方法は、以下3つが上げられます。
- 自職場の就業規則を確認する
- 総務など担当者に確認する
上の選択肢ほど手間がかからず簡単ですが、下の選択肢ほど確実な情報が確認できます。状況に応じた方法を選ぶとよいでしょう。
自職場の就業規則を確認する
退職金制度が導入されている会社であれば、就業規則に必ず「退職金規定」が記載されています。
退職金規定には制度の受給要件が詳しく盛り込まれているので、一読すれば「現時点で退職した場合、退職金をもらえるか」が分かるでしょう。退職金の計算方法や支払方法なども確認できます。
就業規則は従業員への周知義務があるため、誰もがいつでも確認できる場所に掲示されているのが一般的です。
会社によっては入社時や規則変更時に書面を配布していたり、会社の共有サーバーにファイルとして保管していたりすることもあるでしょう。
総務など担当部署に確認する
就業規則を確認しても分からない点があるときは、総務をはじめとした担当部署に確認しましょう。
ただし退職金規定を確認することは、退職の意思表示と捉えられる恐れがあります。
場合によってはトラブルに発展しかねないので注意が必要です。
「退職金の計算が合っているかを知りたい」や、「このような事情があるケースでも退職金がもらえるか」など、事前にどうしても確認したい内容がある場合には、ファイナンシャルプランナーを弁護士をはじめとした外部への相談もおすすめです。
飲食店業・宿泊業の退職金に関する2つの注意点
最後に、飲食店業や宿泊業に従事する方が退職金を受け取るにあたって押さえておきたい注意点を2点だけご紹介します。
1.退職金が支給される日は事業者によって違う
退職金の支給日を定める法律はないため、勤め先によって支給日は異なります。
就業規則(退職金規定)にて各社取り決めがされているので、ご確認ください。
ただし規定で定められた例外期間を除き、従業員が退職金請求をした場合、事業者は請求から7日以内に支給することが義務付けられています。
万が一、退職金の未払いが疑われる場合には、 まずは会社に相談しましょう。それで解決しない場合には労働基準監督署や社労士に相談を検討すると良いです。
2.退職金には税金がかかる
退職金には所得税や住民税といった税金がかかります。退職金は一時金として受け取ると退職所得、年金として受け取ると「雑所得」扱いとなるためです。
ただし所得控除が適用されるため、退職金の全額に税金がかかる訳ではありません。
一時金として受け取る際は退職金所得控除が適用され、勤続年数に応じて所得控除額が決まります。
勤続年数が20年以下の場合は「40万円×勤続年数(※最低でも80万円控除)」、20年を超える場合は「800万円+70万円×(勤続年数-20)」の計算式を用います。
- 例1)勤続年数が5年の場合、控除額は200万円
- 例2)勤続年数が25年の場合、控除額は1,150万円
年金として受け取る際は、そのほかの所得と合算されたうえで、基礎控除や配偶者控除などの所得控除対象となります。
なお年金として受け取る場合には給付時点までの運用益を得られるため、給付総額は一時金受け取りよりも大きくなります。
ただし年金としての受け取りでは毎年、課税対象となり、社会保険料にも影響を及ぼすので家計や状況に応じて選択しましょう。
【経営者・人事担当者へ】はぐくみ基金という選択肢について
はぐくみ基金(確定給付企業年金)は、現在、導入企業や加入者が急増している注目の退職金・企業年金制度です。
福利厚生の充実だけでなくコスト削減効果も生まれるなど、従業員、経営者、会社それぞれにメリットが生まれるとても人気の制度です。
▼詳細について